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最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)1884号 判決

神戸市西区大津和二丁目四番二七号

上告人

安西豊

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

松本司

岩坪哲

田辺保雄

大阪市中央区内淡路町三丁目一番一七号

被上告人

株式会社ゴーセン

右代表者代表取締役

高島豊

右当事者間の大阪高等裁判所平成五年(ネ)第七二三号、第七六三号職務発明・考案による特許を受ける権利の譲渡対価支払請求事件について、同裁判所が平成六年五月二七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村林隆一、同今中利昭、同吉村洋、同浦田和栄、同松本司、同岩坪哲、同田辺保雄の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一)

(平成六年(オ)第一八八四号 上告人 安西豊)

上告代理人村林隆一、同今中利昭、同吉村洋、同浦田和栄、同松本司、同岩坪哲、同田辺保雄の上告理由

一、 上告人の上告の範囲

本件は、原審判決別紙請求認容一覧表〈2〉〈5〉を消滅時効を認めた部分についてのみ御庁の判断を求めるものである。

二、 原判決の判断

原判決は右の消滅時効を認めた点について次ぎの通り判断した。

「「特許を受ける権利」又は「実用新案登録を受ける権利」は、特許権、実用新案権とは別個の独立した権利として規定されており(特許法三三条、同条を準用する実用新案法九条二項)、「特許を受ける権利」又は「実用新案登録を受ける権利」を使用者に承継させることに対する対価が、特許法三五条四項、実用新案法九条三項で定められている。そして、この特許・実用新案登録を受ける権利を承継させることの対価は、承継の時において一定の額として算定し得るはずなので、従業者がした職務発明・考案について特許・実用新案登録を受ける権利を使用者に承継させた時に、相当の対価の請求権が発生し、契約・勤務規則に特段の定めがなく、その他対価請求権の行使を妨げる特段の事情のない限り、特許・実用新案登録を受ける権利の承継の時に対価請求権を行使し得るものと解するのが相当である。

したがって、右請求権についての消滅時効は、特段の事情のない限り、その承継の時から進行するものというべきである。

特許法三五条四項(実用新案法九条三項)は、対価の算定につき、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を考慮すべきことを定めているが、この利益とは、「受けるべき利益」とされていることからも明らかないように、その発明により現実に受けた利益を指すのではなく、受けることになると見込まれる利益、すなわち、使用者等が権利承継により取得し得るものの承継時における客観的な価値を指すものである。対価は、出願補償、登録補償と実施補償に分けて算定される場合が多いし、後記のとおり、本件もそのような手法で認定することになるところ、出願、登録、実施の有無は、権利承継させた時における「相当の対価」を評定するに当たり重要な参考資料となるものの、これが直接の算定根拠となるものではないので、この認定手法が採られることのあることをもって、右の判断が左右されるものではない。

これを本件についてみると、被告が対価請求権の時効消滅を主張している(二)考案及び(五)発明は、遅くとも被告名義による各出願日((二)考案は昭和五三年七月一九日、(五)発明は昭和五四年六月一日)に、発明者・考案者から被告へ特許・実用新案登録を受ける権利の承継があったものと認めることができる。そして、本件訴訟の訴状の提出日は平成三年一月二一日であった。そうすると、これらの発明・考案に関する特許・実用新案登録を受ける権利の承継に伴う原告の対価請求権に関する原告主張の事実がすべて認められるとしても、その権利を行使し得る時から一〇年を経過しており、この間、原告が権利を行使するのを妨げるべき特段の事実関係があったものとも認められない。したがって、この二つの考案、発明に関する原告主張の権利は、時効により消滅したことになり、この権利に係る原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく、失当である。」右によると、原判決は、特許を受ける権利は、

〈1〉 承継の時において一定の額として算定し得るはずなので、

〈2〉 対価請求権の行使を妨げる特段の事情のない限り、

〈3〉 消滅時効は、特段の事情のない限り、その承継の時から進行する。

〈4〉 受けるべき利益とは、受けることになると見込まれる利益

〈5〉 上告人が権利を行使するのを妨げるべき特段の事実関係があったものと認められない。

ということである。

三、 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違反がある-民法第百六拾六条第壱項の解釈・適用の誤り、

(一) 民法第百六拾六条第壱項には「消滅時効ハ権利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」と規定している。右の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、単にその「権利の行使につき法律上の障害がないと言うだけではなく」、「さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要」とする(最大法廷判45・7・15民集24・7・771)。

(二) ところで、原審は前項の通り認定判断したのであるが、あまりにも形式的抽象的であって、現実に権利行使が期待できるものではない。

(三) 先づ、原判決は承継の時に一定の額として算定し得るはずであると判断している。従って、原判決自身一定の額として算定出来るとは言っていないのであり、単なる希望的観測に過ぎない。それが証拠に原判決も、第壱審判決も、右の一定の額として、時後に発生する登録補償、実施補償を前提として認定判断しているのである。この点原判決は右のようなことは重要な参考資料となるが、直接の算定根拠となるものではないと判断している(職務発明に関する従来の下級審の判決はすべてそうである)。然らば、直接の算定根拠となるのは、何であるのか。特許法の条文のなかにも、原判決、そして第壱審判決のどこにもそのような判断はない。自ら判断をしないで参考資料のみで認定判断しながら、承継の時に算定し得る筈であるとは、正に発明者に難きを強いるのみであり、正に権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものではないのである。

(四) 次ぎに、原判決は行使を妨げる特段の事情のない限り、時効は進行するものであると判断している。然しながら、原判決も認定している通り被上告人には職務発明の規定が全くなく、従業員の発明をすべて会社のものとして出願し、それに対して何等の対価も支払っていないのである。若し、被上告人が職務発明に対して規則を設け、また、規則を設けていなくても現実に発明者に対して相当の対価を支払っているという事実があれば兎に角、被上告人は発明者から権利を取得しながら、それに対して未だかって壱回も対価を支払ったことがないのである。かかる状態にあるとき上告人が右の譲渡について、相当の対価を取得することができるのか、如何ほどの対価を請求することが出来るのか全く解らない状況にあり、今回の訴の提起になったのである。

而も、被上告人が全く対価の支払をしない場合、上告人が在職中の身でありながら被上告人に対して訴を提起することは事実上全く不可能であることは、我が国の所謂「会社社会」の実態からして明らかであり、そこで、上告人は、退職後速やかに本件訴を提起したものであり、正に退社時が権利を行使することが出来る時であると言われなければならない。

(五) そもそも、特許権は公告後拾五年(出願後弐拾年)、実用新案は公告後拾年(出願後拾五年)の存続期間を有しており、その権利の価値は権利終了時において初めて客観的に明らかとなるのである(例えば、我々人間の価値が棺を覆って初めて決まると同様である)。それを譲受時に客観的な価値が決まっているというのは全く理屈に過ぎない(例えば、赤子の時に人間の価値を決めるようなものである)。そこで、原判決にも「算定し得るはずであり」、「受けることになると見込まれ」と判断しているのであるが、そのようなことは全く不明である。蓋し、年間多数の特許(実用新案登録)出願がなされ、そして、その間約四割五分のものの出願が権利として登録される。然しながら、実際に実施せられる権利はその内のほんの何割に過ぎないと言われている。この様な場合、承継の時に、一定の額として算定せられるのは、実施を前提としているか、登録を前提としているのか明らかでなく、ましてや登録せられないことを前提としていることはないと思われる。このような場合は、一律に算定して報酬を支払うことは却って正義に反するものであり、出願補償、登録補償、実施補償と三つに分けて支払うのがもっとも合理的であり、原判決も右以外に承継の時に算定し得る合理的な計算式を示すべきであり、之を示すことが出来ない以上従来も現在も各企業が採用している職務発明規定を遵守すべきであり、殊に、本件のような職務発明規定のない被上告人に対する上告人については、それよりも、より不利益な立場に立つべきでないことは言うまでもない。

四、 特許法第参拾五条は、発明者を保護しようとして労働法制の壱つとして設けられた規定である。然しながら、相当の対価の規定はあまりにも抽象的であって、決して労働者のためにはなっていない。そのようなことが原判決の判断を生むことになったのであるが、発明者に与えられた権利は充分に保護せられるよう解釈せられるべきである。「保護」するということは「裁判所」において「具体的な権利」として認められることであり、「はず」、「見込み」によって、発明者の権利を奪うべきではない。

依って、原判決は破棄せられるべきである。

以上

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